職業能力の再開発や再教育を指す「リスキリング」。近年はデジタル時代やDX時代の人材戦略に不可欠なものとして取り上げられることが多く、従業員に新たな知識・スキルを習得させるリスキリングへの注目が高まっています。
この記事では、リスキリングが重視される理由とともに、海外・国内におけるリスキリングの企業事例をご紹介します。
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リスキリングとは、今後のビジネスに起こり得る変化や革新に対応するために、従業員が新しい知識やスキルを学ぶ取り組みのことです。
経済産業省では以下のように定義しています。
「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」
企業にとっては人材不足への対応やDX人材の育成、従業員にとってはスキル・能力の向上につながるため、リスキリングは企業・従業員の双方に有益なものといえます。
世界経済フォーラムの年次総会であるダボス会議では、2018年から「リスキル革命」と掲げたセッションを実施しています。2020年1月の会議では、第4次産業革命への対応を目的に「2030年までに全世界で10億人をリスキリングする」と宣言したことが世界の注目を集めました。
日本においては2020年9月に経済産業省がまとめた「人材版伊藤レポート」にて、人材戦略に求められる共通要素の一つとして「リスキル・学び直し」の重要性が提言されました。日本経済団体連合会も2020年11月に発表した「新成長戦略」の中で、DXに伴い社内で新たに発生する業務へ人材を円滑に異動させるにはリスキリングが必要であると説くなど、国内でもリスキリングへの注目が高まってきています。
リスキリングの特徴は、新たな事業や業務のために身につけるべきスキルを仕事と並行しながら学ぶことです。従業員が仕事を離れて教育機関などで学ぶ「リカレント教育」や、現在の業務を実践しながら学ぶ「OJT」とは異なるスキル習得の取り組みといえます。
リスキリングは一部の人材を育てるためのものではなく、企業の価値創造のために、経営陣を含む全従業員で取り組むべきものです。リスキリングに取り組む企業は、これからの事業で重要となるスキルをしっかりと見極める必要があります。
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リスキリングで学ぶ分野に指定はないものの、近年はデジタル時代・DX時代の人材戦略として取り上げられることが多くなっています。
リスキリングが今重視される理由は以下のとおりです。
DXへの取り組みの対象やレベルには企業差があり、DXの本質である「ビジネスモデルの根本的な変革」を実現している企業はそう多くはありません。企業活動のあらゆるプロセスでデジタル技術による変革を起こすには、一部の部署や人材に限らず、現場で第一線に立つ従業員それぞれがデジタル技術を理解・活用することが重要です。
一方、日本におけるIT人材の不足は顕著で、2030年には最大79万人のIT人材が不足するというデータもあります(みずほ情報総研『IT人材需給に関する調査』より)。デジタル時代の企業間競争から取り残されないために、またIT人材の不足を解消するためにも、企業が従業員に新たなスキルを学ばせるリスキリングが重要視されているのです。
IT人材の不足が課題である一方、デジタル化が進むと現場の人材要件が変化し、人材削減が必要となる業務の発生、あるいは業務そのものがなくなるということも考えられます。そうなると、企業には大規模な配置換えと従業員のスキルチェンジが求められるでしょう。
また、DXによって新たに発生する業務へ人材を円滑に異動させるためにも、従業員に必要なスキルを身につけさせることが不可欠となっています。部署間で人材の流動性を実現させることは、今後人材要件の変化が起こり得るデジタル時代において特に重要な意味を持つのです。
リスキリングの取り組みの参考として、海外と日本の先進事例をあわせてご紹介します。
アメリカの電子通信事業会社「AT&T」はリスキリングの先駆企業です。25万人の従業員のうち未来の事業に必要なスキルを持つ人は半数に過ぎないこと、約10万人は10年後には存在しないであろう仕事のスキルしか持っていないことを2008年時点で把握していたといいます。
同社は2013年にリスキリングプログラム「ワークフォース2020」を開始させ、2020年までに10億ドルを投資し10万人のリスキリングを実行しました。その結果、必要な技術職の80%以上を社内異動によって充足させることに成功しています。
海外の大企業には社外に向けてリスキリングを提供する動きもあり、なかでもMicrosoftは2020年に「コロナに伴う失業者2,500万人のリスキリングを無償支援する」ことを発表し大きな注目を集めました。失業者の再就職支援を目的に、傘下のLinkedIn、GitHubとともに無償でリスキリング講座を提供しています。
リスキリングの提供においては、自社ソフトMicrosoft Teams上に教育プログラムへの入り口を設置していることが特徴です。業務の流れの中で学習に接続できるようにすることで、受講者が学習に取りかかる心理的ハードルを下げています。
日本国内でもリスキリングへの取り組みは始まっており、なかでも大々的に取り組んでいるのが日立製作所です。生産現場で働く従業員にもDX知識の習得が必要と考え、国内グループ企業の全従業員16万人を対象にDX基礎研修を実施しています。
同社がDX基礎研修で活用しているのは、日立アカデミーが提供するeラーニングシステム「デジタルリテラシーエクササイズ」です。「DXとは」「課題の定義」「実行計画の立て方」「計画の進め方」の4講座にて、DXに関する基礎知識を身につけさせています。
パソナでは2024年5月までにグループ全体で約3,000人のDX人財を育成することを目標に、従業員を対象としたリスキリングによる研修プログラムを拡充しています。その取り組みの一環として、1年間の研修やOJTを通してデジタル人財を育成するプログラム「デジタルアカデミー社員制度」を2021年10月に開始しました。
同プログラムは「入社時研修」「DX基礎研修」「専門研修」の3ステップで、パソナグループのデジタル人財として活躍できる従業員を育成しています。最終ステップの専門研修では現場部門でのOJTを通し、よりテクニカルな専門知識の習得を目指します。
神奈川県秦野市の老舗旅館「鶴巻温泉 元湯陣屋」では、座学ではなく実践のなかで緊張感を持ちながらデジタル技術を活用していく方が習得のスピードが早いと考え、2010年にクラウドサービスを活用した予約管理システム「陣屋コネクト」を開発しました。
システムの導入に合わせ紙の台帳への書き込みを一切禁止し、デジタルツールを使わざるを得ない環境をつくったことがポイントです。不満や反発に対しても粘り強く説得を続けた結果、導入から2年半ほどで従業員がデジタルツールのメリットを実感し、顧客のデータを売り上げアップに結び付けられるまでになっています。
リスキリングの対象は基本的に全従業員となりますが、なかでも注目されているのが「ミドルシニア(中高年)」層へのリスキリングです。その理由には、2021年4月の高齢者雇用安定法改正により70歳までの就業機会確保が企業の努力義務となったこと、今の働き方を継続しまだまだ働きたいと考えるミドルシニア層が多いことなどが挙げられます。
しかし、ミドルシニア層は業務に関する知識と経験は豊富でありながら、デジタルに対して苦手意識を持つ人は少なくありません。ミドルシニア層のリスキリングを成功させるためには、本人がこれまでに蓄積してきたキャリアのなかで何を活かし、何を新たに学ぶのか見極めることが重要です。
一方で、スキル習得のためのセミナー参加や動画視聴を最も実施しているのは50代以上の層であるという調査結果もあり、ミドルシニア層でも学ぶ意欲が高い人材は多いといえます。企業にはミドルシニア層の自律的なキャリア形成を考えること、そして時には外部のノウハウや専門家の支援も取り入れながら、DX時代に対応できるリスキリングを進めていくことが求められています。
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ダボス会議や人材版伊藤レポートなどさまざまな場所で取り上げられ、DX時代に対応するための世界的なミッションとなっているリスキリング。日本ではまだ浸透しているとは言い難いものの、すでにいくつかの大企業や中小企業で取り組みが始まっており、専門の教育プログラムを社外に提供している企業もあります。
リスキリングに取り組むうえでは、これからの自社に必要なスキルをしっかりと見極めることが大切です。外部の知見や支援も取り入れながら、従業員のリスキリングに着手してみてはいかがでしょうか。
2024年02月13日 08:30
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